「間借り」の生活(くらし)。

「間借り」しながら発信します。一応「ミニマリズム」志向してます。

ミニマリズム」は私にとって大切何かだ。それは私のビョーキを治してくれる薬のようでもある。しかし、私自身は「ミニマリスト」にはなれない。「ミニマリスト」的なものを取り入れることはあるが、それ一色(いっしょく)には到底できない。

 しかし、「ミニマムに生きる」ことはできると思う。生活から無駄と虚飾を廃して行くのだ。それはモノというよりもスピリットの問題であり、部屋の散らかりようや所有するモノの点数はダイレクトには問題とはならない。

久しぶりに部屋の周りをキレイにした。やっぱり床にモノを置かないって言うのはいい。これで絶えずハンディ掃除機で部屋の掃除ができる。(本当はダイソンのV8なんかで掃除したいのだが、実際には工作機械メーカーのリョービのもの。)

 

今日、お茶屋的なカフェに入った。そこでは自分の気に入った器にお茶を入れて頂くことができるのだが、お茶と焼き物ってかなりミニマリズムしてると思う。特に千利休の「侘び茶」は無駄なものをドンドン削ぎ落とし、それまでの贅沢思考や権威主義を崩していった。これって「ミニマリズム」とか言うずうっと前から「ミニマリズム」しているのではないか。(思想の上でも形式の上でも)

現代の和製「ミニマリズム」の多くが白黒(モノトーン)志向だが、私は茶室や椀に見られるような自然志向の渋い色遣いの方が好きだし、実際の生活でもそういう感覚を志向したい。ってえ言うか、何でもかんでもツートーンに押し込めて、それが「シンプル」だなんて言うのは趣味としてどうかと。

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ネットオークションに入れ込む。

最近オークションでモノを売ることにハマっている。ヤフオクとかメルカリとかスマホを通してモノを売りさばくんだけど、結構そういうことに神経と時間を使うことが多くなった。なんかミニマリスト的ではないなぁと思いつつも、何だかんだで買っていただけるの、つい入れ込んでしまう。
最近引越しをして、ストレージに眠っていたものが沢山出てきた。ミニマリスト的にはすぐ断捨離するのがセオリーなのかもしれないが、結構大切に抱えてきたモノなので、これまで縁がないと思っていたネットオークションに出してみることにした。すると、これが結構買って頂けるのだ。初めはモノへの自分の思い(全然断捨離してないってことだ)から高めの値段を付けたりして全く売れない。しかし、現実を知ってそれなりの値段を付けると、結構売れ出す。モノが1個売れると、何のつながりなのか他のモノも売れだす。それで結構な額(私には)が自分のアカウントに表示される(換金してないので現金は見ていない)と「自分にとっては不要なモノで収入が得られた」喜び、あるいは「モノを売って得られる喜び」というものを感じるようになる。今までの自分の生活の中には無かった喜びだ。言い方は悪いが「ゴミでおカネを得た」っていう驚きと喜びだ。これがモノの流通、あるいは市場価値ってやつか。
そんなこんなで今、不要物を売りさばき中。

minimalismに戻る。

久々のブログ投稿になる。いわゆる「minimalism」から遠ざかっていた。とっても刺激的で斬新なアイデアに感じられたminimalismだけど、自分には所詮実行不可能だと分かって、少し興味を失っていた。でも、最近あんまり調子が良くない。生活はなんとなくギスギスしてて、精神はドンヨリ(((((っ-_-)っ、体はダブついている。なんでだろうと思ったら、それはminimalismを意識しなくなったからだと気づいた。minimalism的な生活は無理でも、それを志向することで得られる生活のスッキリ感が失われていたのだ。それは日毎に生活を沈んだものにしてしまい、ついに精神の不調、生活の澱みとしてハッキリ自覚できるまでになってきたのだ。それでこれからは再度minimalismってものを意識することにした。そうでないと、いつの間にか生活は肥大してしまう。

スタートに戻る。

このブログを始めたのは、自分の意識を大きく変えた「ミニマリズム」について色々と調べたり、書いたりしたかったからだ。
ミニマリズム」と言っても色々と派生しているし、ミニマリストによって重点の置き方も違う。そもそも様々なものが便宜上「ミニマリズム」という範疇に一括りにされているだけかもしれない。
しかし、共通して言えるのは、「生活を丁寧にする」「生活の中で感性を大切にする」ということだ。
私の場合は「生活のキホン」を大切にすることで、毎日がなんだか楽しく豊かに生きられることに気づいたという経験が「ミニマリズム」への傾倒を強くさせている。
ミニマリズム」を知った頃、このブログを始めた頃に戻って、もう1度自分なりのミニマリズムについて考え、そのことをもっと書いていきたい。

スタートに戻る。

このブログを始めたのは、自分の意識を大きく変えた「ミニマリズム」について色々と調べたり、書いたりしたかったからだ。
ミニマリズム」と言っても色々と派生しているし、ミニマリストによって重点の置き方も違う。そもそも様々なものが便宜上「ミニマリズム」という範疇に一括りにされているだけかもしれない。
しかし、共通して言えるのは、「生活を丁寧にする」「生活の中で感性を大切にする」ということだ。
私の場合は「生活のキホン」を大切にすることで、毎日がなんだか楽しく豊かに生きられることに気づいたという経験が「ミニマリズム」への傾倒を強くさせている。
ミニマリズム」を知った頃、このブログを始めた頃に戻って、もう1度自分なりのミニマリズムについて考え、そのことをもっと書いていきたい。