「間借り」の生活(くらし)。

「間借り」しながら発信します。一応「ミニマリズム」志向してます。

色いろあるね、ドミトリー。

 ドミトリーハウスに泊まる趣味(泊まる必然性が無いので趣味で泊まっていると言えるだろう)をはじめて3ヶ月ほど、結構ハマっている。いくつかのドミトリーハウスに泊まると、それぞれの個性が見えてくる。1泊6000円くらいの普通のビジネスホテルだったら、こんなに個性がそれぞれ際立つことなんてないのでは。(逆に高級ホテルなら、随分個性が出てくるだろうが。)

 一番印象に残っているのは、外国の方がやってた(ハウスキーパーってだけでオーナーではないのかも)ゲストハウス。宿に入ると共有スペースなんだけど、そこでオーナーの方含めて6〜7人がずっと楽しそうにゲームしたり、談笑したりしている。誰がスタッフで、誰がお客(ゲスト)なのか全くわからない。最初に宿の勝手(部屋やキッチン、シャワーのことなど)を教えてくれた後は放置。無愛想なんだけど、なんだかホッコリできるところだった。ベッドも狭くて、二段ベッドの下を充てがわれたのだが、頭をななめにしないと座ることもままならない天井部の低さ。ライトもいかにも100円ショップで後付けしましたって感じで電線も適当に引かれているので引っかかりそう。それでも又泊まってみたいと思う。そこが何かしらの引力を持っているっていうのもあるかもしれないが、はっきり判っているのは、そうした「劣悪な環境」(失礼!)にオノレを置くことで日常の自分の生活が愛おしく思えてくる、それがイイってこと。ベッドの狭さを思えば、自分が普段寝ているスペースがどれだけ恵まれているか分かるし、シャワーの順番待ちを知れば、自由に風呂に入れる今の環境を有りがたく思うし、自分のスペースも確保できないほど狭い共有スペースを経験すれば、こうやってリビングに自分のスペースを確保できる素晴らしさが見えるようになる。要はドミトリーが「生活を再発見する」ための視点を与えてくれるのだ。小汚くて(かと言って限界はある)、狭いドミトリーがある一点の素晴らしさ(あるいは個性)ゆえにリピートされるってことは容易に想像できる。普通のホテルじゃありえないことだ。

 今書いたドミトリーと対照的だったのは、先週泊まったドミトリー。全てに余裕があり、キレイでセンスのいい持て成しに満ちている。ベッドは普通のドミトリーよりもかなり広い。いわゆる本当の二段ベッドを使っているのではなくて、二段ベッドタイプのコンパートメントを設置しているという感じ。共有スペースにはまだ新しいiMacがあって自由に使える。気の利いた洒落た本が壁沿いに「ディスプレイ」されている。フェイスタオルもバスタオルも、歯ブラシも設置されている。きれいな洗面所やシャワーは数が多いので待ちなんてこともない。つまり、自分の家と同等か、それ以上にニートな環境で過ごすことができるのだ。これって素晴らしいことで、もし許されるなら1年間くらい、ここに「住んでもいい」と思った。

 この対象的なドミトリーは金銭面で評価するなら、自分なら先のやつは1500円(実際は2500円。高い!)、後の方には3500円(実際には3000円)が妥当だと思う。しかし、印象という点で言えば先のゲストハウスは決して後のものに劣ることはない。ここならではの個性が際立っているからだ。それに対して後のものは、MUJIっぽいイメージを感じる。それは悪いものではないけど、「個性」とは言いがたい。

 色々ある個性を渡り歩けるっていうのがドミトリーの魅力なのかも。