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「間借り」の生活。

「間借り」しながら発信します。一応「ミニマリズム」志向してます。

家をカフェみたいにする、って出来るのかな?

よく本屋なんかでインドアのことを扱った本を見てると、自宅をカフェみたいにする、っていうのを見かける。とってもステキなアイデアだ。もし、本当にそういうことが可能なら、気分はいいしお金はかからないし、一石二鳥だ。やってみたいんだが、実際はかなり難しいと思う。カフェっていうのはスタバみたいにスッキリしてなきゃならないけど、そこまで自宅をスッキリってのは私の場合ちょっと無理。本にはそこまでやり遂げて、かつそれを維持しながら生活してるっていう奇跡を為しているヒトが結構いる。そういうところに実際に行ってみたい。出来れば二三日宿泊させて頂きたい。何がどう違うのか見てみたい。

もし、自宅をカフェみたいにするとしたら、自分ならどうするだろう?(さっきまでandroid2.4のnextbookで文章打ってたので、今、このandroid4.4の原道触るとムチャムチャスムーズ!やっぱり安物のセカイも進歩が激しいんだ)できれば、スタバで使っているような(北欧風の)テーブルやイスを置きたい。それからスピーカーも設置して頭上からサラウンドに音楽が流れるようにしたい。でも、いくらソレっぽい調度類を揃えたところで、生活に関する諸々のモノがあるようでは、カフェっぽくはならないだろう。で、思うのはやっぱり自宅は生活の場であり、カフェっぽくしたところで、その「セッティング」が崩れ去るのは時間の問題。カフェ的な雰囲気はやっぱりカフェでなきゃ実現できないだろう。つまり、カフェ的なものがほしいならカフェに行けばいいのだ。そう悟ったら家に北欧風(多分高価だろう)のはファーニチャーを買う必要も無くなるし。
ミニマリズム」に習うべきは、その「外注する」という発想だろう。全てを自分の中でまかなおうとしない。都市インフラに依存できるものは都市に頼るのだ。そして、自宅を極端な話、寝に帰るだけの場所にしてしまう。後の食べたり、何か楽しんだりというのは外のインフラに任せてしまう。そんな割り切りが見て取れる。寝に帰るだけの宿だったら「ドミトリーハウス」っていう形の宿が存在したけど、ミニマリストの家っていうのは機能的には自宅をドミトリーハウス化してしまうことと機能的には一緒だと思う(美意識に於いてはかなりの違いがあるだろうが)。
自宅カフェ計画は魅力的なアイデアだけど、なかなか難しい試みだ。