「間借り」の生活。

「間借り」しながら発信します。一応「ミニマリズム」志向してます。

今日は自宅ドミトリー。

昨日は二週間ぶりにドミトリーハウスに泊まった。宿代は1500円也。昨夜は満員で、共有スペースも一杯だった。このゲストハウスは二回目だが、ベッドもそこそこ広いし、シャワーも沢山あって快適な方だ。
こんな風にドミトリーに泊まって思うのは、自宅が「ドミトリーハウス」あるいは「シェアハウス」として、なんて素晴らしいところかということ。自宅を自宅だと思っているうちは何の面白みも無い。それを「ドミトリーハウス」として自宅を捉え直すのだ。そうすると、結構自由の利く余裕のある上質な「ゲストハウス」としての自宅の面白さが浮かび上がってくる。逆にドミトリーハウスだとしても、ちょっと汚すぎる所も意識するようになる。つまり、「自宅」と言えば聞こえはイイけど、要は自分用の「巣箱」みたいに思っているので汚れるままになってしまうのだ。「パブリックスペース」としての意識がなければ、場所っていうのはどんどん腐ってしまうのだ。