「間借り」の生活。

「間借り」しながら発信します。一応「ミニマリズム」志向してます。

iPhone上でミニマリズムを感じる。

iPhoneを持ってたけど、メインに使ってるのはなぜか中華パッド。便利さもデザインの良さもiPhoneの方がずぅと上なんだけど、なんだか使う気になれなかった。それでキズだらけで反応が悪い中華パッドの液晶画面をガシガシやつまていた。
でも、ふと思ってiPhoneにインストールされたアプリを軒並み削除し、ツイッターなんかの複数のアカウントなんかも一つに限って、後は全部削除した。
するとどうだ、「iPhone、やっぱりイイね」って感じになってきた。使い勝手が向上した訳ではない、何か機能が加わった訳ではない。「要る」と思ってたものを軒並み捨てて、シンプルな形に戻しただけなんだが、それが実は大きな変化であることを知った。
確かに中華パッドは見た目もパフォーマンスも三流だけど、そのパフォーマンスの低さゆえ、インストールしてるアプリはメールとブラウザの他に二つのアプリがあるだけだ。そのスッキリさに私が使い良さを感じてたのだろう。
こうなると、「便利」ってなんだろう?って思う。「便利だから」、「楽しそうだから」数多くのアプリをインストールしたはずなのに、それがいつの間にかシンプルさを損ない、心理的障壁となって、その機器を使うことさえ避けさせるようになっている。
今回使い込んでいたガジェットを買った時の形に近づけることで新鮮な感じで又使うことができている。つまり、あれこれアプリをインストールするのは良く無かったということだ。極論して新品状態を損ねるような付け加えは、たとえそれが機能や便利さを高めるにしても結局のところ、ガジェットを「ゴミ化」してるのだ。ユーザーはガジェットの「ゴミ化」を食い止めるため、とにかくガジェットのシンプルさを維持しようとしなければならないのでは。
ミニマリスト」になれないにしても、「ミニマリズム」という見方感じ方は必要だと思った。それは意識化にある精神の健康を復調させてくれるもの、と言ってもイイだろう。