「間借り」の生活。

「間借り」しながら発信します。一応「ミニマリズム」志向してます。

ミニマリストは何を問うているか。

スタバでスタックしてスマホでネットしてたら面白い映画を今上映していることを知った。「ホームレス ニューヨークと寝た男」っていう映画なんだけど、かつて(今も)モデルとして華やかな世界に生きてきたオトコ(マーク・レイ52歳)が人生謳歌しすぎてイソップ童話のキリギリスみたいになってしまって、ビルの屋上に住みながら、結構都会的な生活をしてるというドキュメンタリー。

トレーラーでは「究極のミニマリストか?」と字幕してるんだけど、日本でイメージされているミニマリストとは文脈的に違うと思う。でも、この映画の中のヒトも日本のミニマリストと呼ばれているヒトビトも、「Life」=人生=生活ってものを問い直しているという根っこの部分は同じみたい。ミニマリストの人々もさすがに「家」や「家庭」って呼ばれているものをリストラしないけど、映画の中の元モデルは屋根のある生活、家族のある生活も「要らない」ということにしている。そして、街中のロッカーの中に生活用品を詰め込み、スポーツジムのバスルーム(トイレ)でカラダを洗う。こういうのは私も「えー?これってミニマリズムではないでしょ?」と思うが、彼の生活は、私たちの生活を、もっと大げさに言えば人生の在り方をこれまでに無い視点から問い直してくれる。それはミニマリズムを初めて知った時の衝撃に似ている。

マーク・レイみたいに家も持たずにフツーのホームレスとは違ってソーシャルしながら「ノーマル」な生活を送ることができるとしたら、「家」って何なのか。ホントにそれはリストラ出来るものなのか。翻って私は家というものに過剰なモノを詰め込み過ぎではないのか。こだわって家を自分の家や部屋を自分の趣味で飾っているヒトは立派にパラノイアではないのか。

マーク・レイに限らずミニマリスト系のヒトは全てをひっくり返して「あなたの生活のそれが何なんだ?」と問うているみたいで面白い。