「間借り」の生活。

「間借り」しながら発信します。一応「ミニマリズム」志向してます。

ドミニック・ローホーの教えること。

ベルジャンのミニマリストであり大学で教鞭をとるドミニック・ローホー氏は、ミニマリズムに核を与える言説をたくさん生み出している。

ミニマリズムは、一種のZENであり、言説化されることを嫌う(実践してナンボ、行動にしてナンボの感覚)ので、何がミニマリズムであり、何がそうでないのかっていうことも今一つハッキリしない。

身の回りのモノをとにかく闇雲に整理(断舎離)することやスキなモノだけに囲まれて快適に生活するってことだけを伝えることに終始してるミニマリストは多い。例えば毎日捨てるモノを探しては自らを「スッキリ」させ、UNIQLOMUJIなんかで自らの生活を(センス良く)演出してますみたいな感じのものが大半だ。しかし、実際の彼らはもっと深みのある生活をしているだろうし、ミニマリズムについて色々と試してみたり悩んだりしているに違いない。しかし、自分のライフスタイルや根底にある思想を抽出して伝えることにはあまり興味が無いので、私たちにはそのスタイルが披露されるばかりで何か肝心なものが伝わってこない。結局彼らのやっているミニマリズムらしいことを猿真似するのに終始することになる。つまり、ミニマリズムの中で「迷って」いるのだ。もうちょっとミニマリストとして何を考えているのか、何に悩んでいるのか教えてほしいと思う。

しかし、先に書いたドミニック・ローホー氏は、そうしたことを明確にして伝えてくれる。彼女の言うことは私たちが自分のミニマリズムを打ち立てるのに大変役に立つ。彼女の言うことは大変シンプルだ。(ミニマリストなんだから当然か)

それは「自分という存在の支えにならないものは全て捨て去りなさい」ということだ。それは身の周りのモノから人間関係に至るまでありとあらゆることに適用される。

日本のミニマリストはよく「スキなモノ(あるいはヒト)だけに囲まれてスッキリ生きる」というけれど、ドミニック氏によれば「例え自分がスキなモノやヒトであっても自分の根本を支えていないのであれば、それはムダなもの」なのだ。

こういう視点があると無いのでは、同じミニマリズムを志向するにしても全然違ってくると思う。そういう肝心なことをハッキリ教えてくれるのがドミニック氏の言葉なのだ。